日本のデリバリー事情
昨今、日本の配達業界で悲鳴が上がっている話を聞いた。ネット通販の発展に伴う配達量の増加に加えて、時間指定など過剰なサービスに末端の配達員が悲鳴を上げるのも無理はない。インターネットの普及拡大により、この様な末端配達員の実務にシワ寄せが来ることは必然と言えよう。
一昔前だと、日本で食のデリバリーというと、ピザ系が有名であろう。専用のスタッフが専用カラーのユニフォームに身を包み、街中を走り回っているのが印象的である。また、最近ではデリバリー総合サイトによる注文も様々な形態である様だ。中でも、ウーバーイーツといったアメリカ発の食のデリバリーも注目され出して久しく、エリアも広がっている様である。
withコロナが今後も続くと予想される状況の中で、デリバリー産業は益々普及するであろう。
中国を代表するデリバリー集団 ”美团”と”饿了吗”
人口は日本の10倍の中国では、食のデリバリーはどの様になっているのだろうか!? 中国の食のデリバリーというと美团(メイトゥアン)、饿了吗(アーラマ)という2巨頭の企業がしのぎを削っている。日本語で言うと『美团:美味しい集団』、『饿了吗:お腹減った?』の意味となる。この2企業の中国全体シェアは95%と言われており、圧倒的である。そして一般的に”大众点評”という携帯アプリから注文するのだが、これがとても便利すぎなのである。大都市はもちろん、ある程度の地方都市に行っても、ご当地の美味しい料理店が無限に登録されている。
驚いたことに日本に一時帰国した時でも、この”大众点評”アプリ内の『付近』で検索すると、中国語で、ご当地の『ショッピング・ホテル・観光地・食事』のおすすめが表示されるのである。訪日する中国人観光客がこのアプリを見て行動しているのは容易に想像がつく。さすがに、デリバリーはないがwww、かなり便利なアプリである。
そして注文を済ますと、もちろん携帯での電子決済、出張先の宿泊ホテルであろうと、部屋のドアの前まで配達してくれるのである。日本との大きな違いは『大众点評で注文し、美团か饿了吗が配達し、電子決済で済ます。』という集約されたシンプルさにある様に思う。
こうなると、若者スタッフと地方へ出張しても、IT音痴のオジサンの私と、知らない土地で美味しいかも分からない店を捜し歩いて食事をするよりも、お手軽、簡単なこの方法で、注文する方がかなり便利なのである。よって『出張時の食事は、各自で』が当たり前になった。プライベートまで上司と一緒に居たくないし、天候にも左右されないネット注文が彼らの常識なのである。オジサンにとっては、寂しい気もするが、時代の流れだから仕方がない…。
以前、雲南省の地方で、美団(饿了吗)の配達員に直接インタビューをしたことがあるので、内容を紹介しよう。
雲南の地方都市と考えると給料は決して安くない(都市部:大卒給料:5000元、フロア店員:2000~3000元と比較)し、頑張れば頑張るほど給料が上がる仕組みは中国人気質にあっている。しかし、体力勝負な為、平均勤務期間は、半年〜2年で長くは続かない様で、パッと稼いで、次の仕事を探す資金を貯める手段かもしれない。また、中国の場合は、給料の高さと歩合性の為、今のところ不平や不満は無い様である。
便利さの代償
このようにユーザーにとって、とても便利であるし、配達員も不満なく働いている様で、今のところWin-Winの関係を保っている様である。
実は私…色々と知った風にこの記事を書いているが、アプリこそ入れているが、実際には使ったことがないのである…。
その理由は、ただでさえ出不精であまり出歩かないのに、こんな便利なものを使ってしまったら、余計に外に出なくなるのが怖いからである。自分でもなぜこんなに頑なに拒否するのか不思議であったが、思い当たる話を思い出した。
昔、住宅のバリアフリーについて、良からぬ噂を聞いた事がある。『家をバリアフリーにすると、老化が一気に進む』といった話である。段差が無いので、一気に足腰が弱るということであった。反対に、田舎に住むおばあちゃん、おじいちゃんが山道をスタスタ登っているのを見ると、びっくりするのと同時に、この話に対して、妙に説得力を感じて強烈に印象に残っている。
便利さは素晴らしいものだが、人生は表と裏、山と谷である。良いこと尽くめは無いのである。また、私もMarketerの端くれ、地方に行った時くらい、現地の空気や風、匂い、現地の人々の生活や雰囲気など五感で感じながら食事したいのである。そこから肌で感じる新たな発見があることも否めない。
こんな事を言っている私は時代遅れ?時代錯誤?なのだろうか!? と不安になる今日この頃であるwww。
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